起き抜けの私には充分すぎるほどのパンチだった。枕もとの携帯が鳴っている。なんで?眠りたがる脳を精一杯回転させたが、私の寝起きの頭はきわめてぼやけきっている。以前トーストを作ろうとして鶏肉を解凍したことがある。考えても答えは出ないので、電話口の短気な男を待たせる前に受話ボタンを押した。

「おう」
「おはよう」
「あー、そっちは朝か」
「今7時よ」
仕事の連絡はいつもパクノダがくれる。着信画面にこの男の名が表示されるのは恐らく初めてだ。
「なに、こんな朝から」
「朝も夜もねえだろ、盗賊だろうが」
「私は夜11時に寝て朝9時に起きる盗賊なの…」
「中学生かテメーは」

すごく幸せな夢を見ていたはずなのに。私は口の端に薄く渇いた涎を擦る。
「それ言うために掛けてきたの?用事ないなら切るよ」
「あー、待て待ててめえ。あれだ。あー」
「なによ」


「お前に金貸してただろ。あれ返せ」
「はあ!?」
「思い出した。返せ」
「え?ちょっと待って、あんたから借りてたっけ…?いやない、むしろ貸してたって」
「いや貸したんだよ、いくらか」
「あやふやすぎでしょ!私は団員からは絶対お金借りない事にしてるの!皆がめついから」
「お前の意見なんか聞いてねーよ。俺が思い出したんだよ」
「その論理ひどくない?!」

こいつ朝っぱらから何抜かしてるんだ。や、向こうは朝じゃないのかも。酔ってんのか、全く話が通じない。私が寝起きだと思ってなめてるのか。

「さっきから言ってることが強引すぎて意味分かんないんだけど、一旦切ってさ、お金の話はまた後日しようよ。冷静になろう。私は借りてないけど」
「おい逃げんじゃねーぞ。お前、おい」
「なに」
「電話切ったらぶっ飛ばすぞ」

こわ!!!

「え、何言ってんの、こわい」
「バカ今のは言葉のあやだ、真に受けんじゃねえ」
「あんたが今まで言葉にあやなんて持たせたことあった!?」
「ゴチャゴチャうるせーな。とりあえず、返せよ、金」
「いやだから、借りてないし」
「今だ」
「へ?」
「今」



「え?今って」
「あれだ。なんつーか、実はお前の家の傍に来てんだよな」

こっっわ!!!!!


「ヒイ!!」
「んだよその声は」
「だって!そっちは朝なのかとか言っといて!そっちも朝じゃん!7時じゃん!何!何なの!」
「言っとくけど、好き好んでこんなシケた街来たワケじゃねーぞ。偶然だ」
「それでありもしない債権思い出したってこと?勘弁してよちょっと」
「人聞きワリーな」
「あんた今、飲んでるでしょ」
「なんで分かんだよ」

やっぱり酔っている。朝7時にできあがっているなんて健康的な私にすればまるで理解が及ばないが、この男が言うように盗賊に朝も晩もないのだろう。絡まれたのは運が悪かったとしかいえない。もう一度眠れるかな、と私は時計を見た。

「こっちは眠いんだから、酔って取り立てとか勘弁してよ」
「俺だって金なんかどうでもいいんだよ」
「はあ?じゃなんでわざわざ電話なんて掛けてきたの」
「そりゃあお前、」



「・・・なに」
「・・・・・・・」


「・・なによ」
「・・・・・・・


私は辛抱強く次の言葉を待っていた。口を噤み、耳をすませてスピーカーの向こうに神経を傾けていた。しかし一向に続きはない。目覚まし時計の秒針が半分を廻る頃、私は恐る恐る呼びかけた。

「フィンクス?」
「・・・ろよ」
「え?」
「二度寝しねーで待ってろよ」

え。
うち来るの?どうして。そもそも、電話の理由は?ぐるぐると渦巻く疑問の一つも口に出す前に通話は一方的に切れた。なんて勝手な奴だ。

「・・・・・」

私は玄関に目をやる。当然ながら静かだ。本当にあいつが来るのかどうかも疑わしいし、近くにいると言ってもどの程度か分からない。9時まで眠る時間はあるなと時計を見て考えたが、私は台所へ向かった。
言われなくたって、あんたのせいで目が冴えて眠れない。もし本当にうちに来て、もう少し酔いが冷めていたなら、さっき言わなかった言葉の続きを意地でも聞き出してやる。



20120821