「おい、いーかげんに機嫌直せって」
 後ろから波の音に混じって声が聞こえたが、私は振り返らず一心不乱にテトラポッドの尖った面の上を進み続けた。「無視すんなよ」と防波堤の平らなところを歩きながらフィンクスはついてくる。一時間はこの調子、諦めてどっか行ってよ。埠頭の先は目前だ。黄昏時、薄桃色の空に海猫が飛んでいくのを見て、なんでこんなことになってしまったんだと思う。
 ――幻影旅団の。
 それもフィンクスとかフェイタンとかノブナガとか、あの辺の手合いのふざけ方っていうのは本当にたちが悪い。部外者の私だけでなく団員のパクとマチも同意見だ。シズクは時々乗ってくるけど。知り合って二年、今回のはとびきりひどかった。念能力で自分の死体を作って写真を送ってくるなんて。コンプラ違反にも程がある。しかも私は団員にそういう能力者がいるなんて知らなかったのだ。
 フィンクスのアホ、どアホ、無神経。変な被り物。内心めちゃくちゃに罵りながらずんずん足を動かしていると、あっという間に一番端まで着いてしまった。すぐそこは満潮の海。テトラポッドの隙間によくわからない海藻がいっぱい挟まっている。頭に血が上ってたとはいえ、何でこっちに歩いてきたのか。ほんと大バカ…。とはいえ今さら引き返すなんてそれだけは断固できない。もうやけである。
 私は聞こえないようにため息一つついてから足下に座り込み、背後の気配に向かって叫び上げた。
「ちょっとなんでついてくるわけ?!」
「お前が逃げるからだろ」
「逃げてない、ここに来たかったの」
 言ってから流石に苦しいなと思ったが、ここまできたら開き直りだ。仕方ねーなあ、という声がさっきより下の方で聞こえた。あっちも座り込んだらしい。いよいよ参った事になった。なぜ座る。
「いつまでそこにいんだよ」
「…………フィンクスが帰るまで」
「逃げてんじゃねーか」
「あのさ、話はメールで終わったんだけど」
「"コンプラ大破り野郎"としかきてねーぞ」
「……………」
 私は膝を抱えて遠く沖の方を眺めた。それで終いといえば終いだ。こっちの言い分としては。後は代わりに全部マチにぶち撒けた。マチごめん。明け方フィンクスから届いたメールに添付されていた写真を見て、心臓が引っくり返る程驚いた。続いて送られた「ウケるだろ」という文章で実際ちょっと小腸ら辺がずれたかもしれない。完全にサイコキラーの所業かと思ったわ。パニックになってマチに掛けた電話で誤解はすぐに解けたけど、私は怒っている。怒り心頭に発し怒髪が天を衝いている。
 ――けどさあ。
「会いに来てなんて、言ってないのに」
 私の発した言葉は夕暮れ前というシチュエーションも相俟って大層力ない余韻を残して大海原に消えていった。向こうが何も言わないのをいいことに、溶け出した気持ちが口から溢れてくる。
「ねー、あれさすがに笑えないよ、ただの犯行声明だよ」
「………」
「あと死体の出来がリアルすぎて、ネタバラシ後もこわいよ。でさ、私腹が立ったといえばそうなんだけど。こんなとこまで会いに来るし、くるなって言ってもついてくるし、てか海だし。挙句こんな行き止まりで二人してどうするの?何この状態?」
「………」
「だからフィンクス先帰ってよ」
「断る」
 もう!!聞いてた今の話?!
 もしかして私たちは潮が完全に満ちるまでここにいるんじゃなかろうか。けどその時沈むのは私がいるテトラポッドの方だけだ。なんなんだよ、もう。こっちは手詰まりなんだってば。察してくれよ。
「帰りたきゃオレと帰りゃいーだろ」
「………」
「つーかひとりで帰れんのかよ。方向音痴なクセに」
「………」
、そこフナムシいんぞ」
「えっ嘘!?!??」
 飛び上がって後ろへ駆け戻りかけた時、してやったりと笑うフィンクスとバッチリ目が合った。
 その表情だけで即座に把握する。こいつ!マジあり得ん。またひっかけられた!フナムシがいないのを確認して、それでも腰を下ろすのが何だかイヤで私は突っ立ったまま背を向けた。
 いつの間にか空は段々暗くなり、街灯も届かぬ堤防の果てにいることがいよいよ悲壮感を掻き立てた。潮風がべたつく割に肌寒い。
 あーあ。ずっとそっぽ向いてここまで逃げてきたのに。顔、見られた。最悪だ。
「なあ、泣いてんのか」
「泣いてないけど?てかあの流れでまたウソつくかね?どーいう神経!?」
「じゃねーと一生そこにいんだろうがよ」
「一生いるわけないじゃん…。てかフィンクスさあ、私の粗探すよりも他にもっと言うべきことあるんじゃないの?」
「おお。まあ、それもそうかもな」
 不意に気配が動いて振り返る。フィンクスは大股にテトラポッドの上を歩き寄り、真ん前に立ち塞がった。間合いを詰められ固まる私の頭をごつごつした手で掴まえて、息が触れるほど近くで、真っすぐに目を見て言った。
「お前もかわいいとこあんだな」
 ぽかんと口を開けている私の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、帰るぞと踵を返す。
 だ、か、ら!!そうじゃなくて、他にあるんじゃないのって、いってるの!声にならない叫びがどうしようもなく喉元へこみ上げる。ここへ来た時以上にめちゃくちゃに荒れ返る頭の中を落ち着かせるために、落ちてた海藻を拾って先を行くフィンクスめがけ投げつけてやった。



ごめんなさい


200817