「本気でついてくんのか」
「悪い?」
「……いや」
 フィンクスは言葉少なに俯いて次の缶を開けた。濡れた前髪から滴が一つ、二つと落ちる。
「つーかヒソカと面識あんのかよ、お前」
「ない」
「ぬるい獲物じゃねーぞ。大体お前武闘派じゃねえだろ」
「いいの」
 いいの。
 湯冷めした素足をソファの上に投げ出す。本能的に動くものを追っただけだとわかっていながら、対角に座っていたフィンクスと視線が行き交った瞬間、何か別のものが一閃宿った。恐らく彼も私の瞳に同じ熱を見た。合意だった。
 かたい腕が伸びてきて背中から抱き起こされた。足元の方が沈み、少しだけ端へ寄って場所を空けてやる。「ここでするの」の、ここで、と言いかけたあたりで口を塞がれた。うわ。後ろ手に引っ掻いたソファがギュッと音を立てる。
「どこでもいいけどよ」
 言うなり今度は荒めに口付けられた。ここでするんじゃん。
「ねえフィンクス髪の毛濡れてる、冷たい!」
「ギャーギャーうるせーな」
 大きな手が私のシャツと下着を手早く剥いで、ぽいと放る。フィンクスのうしろあたまを撫でるとやっぱり冷たくて、けれど彼からはあたたかな人の肌の香りがした。しがみついた肩越しにここよりずっと広いベッドが見えたけど、私たちにはなんだか狭くて不自由な方がお似合いというか、今夜はここだろうなと変な感じに腑に落ちた。フィンクス、と名を呼んだら鎖骨に微かな痛みが走る。後ろめたさと共に抗い難い衝動が込み上げ、ぱっと顔を背けてしまった。
「いきなり噛むな……」
「なんか言ったか?」
 聞こえてるくせに。鎖骨から段々と胸の方へ、口付けを繰り返して、いちばんいいところを舌先がざらりと這った。身じろいで閉じた太腿に膝が割り入って、術なく暴かれる。あっやだとバカみたいな高い声が漏れた瞬間、フィンクスの動きが止まった。至近距離でにわかに目が合う。
「いや普通止まる?」
「何だ今の声」
「ノリじゃん、そういう。演出じゃん」
「照れんのは勝手だが途中で笑わせんな」
 別に笑わせようとしてない、と言い返そうとするが全然その隙を与えてくれずに、やわらかい場所を撫でていた指が無遠慮に奥へ押し入った。あ、とまた声が出て思わず腕で顔を覆った。フィンクスは右手の指をわざとらしく中に擦り付けたり、音を立てたりしながら、私と背もたれのわずかな隙間に左手をついて、覆い被さるように身体を寄せた。狭い。全部。
「なあ、やっぱお前」
「照れてないって。もういい喋んないで」
 言い返しても腰から下はだらりと力が抜けている。熱くて、狭くて、どうにかなりそうだ。ままならない浅い呼吸を繰り返して、寄せては引く昂ぶりに耐えた。顔を隠したままもう片方の手を下に伸ばし、硬い下腹部をそっと撫でる。
「……てか早く脱いでよ」
「演出はどこいったんだよ」
 呆れた声は聞かなかったことにして上体を起こし、そのまま彼を組み伏した。ソファの体重をかけたところがぎゅっと軋む。なんだかもうゆっくりする気にもなれず、衣服を脱がせるとさっき撫でたところへそのまま唇を寄せた。添えていた手を彼の腰まわりへ滑らせ、指の腹で肌のあたたかさをたしかめる。傅くように頭を垂れ、じりじり舐め上げて、喉の奥の方まで受容れる。
 視界の端で、フィンクスが一度私の髪を撫でようとしてやめるのが見えた。なんとなく、そういうとこいいなと思った。
「どっかぶつけそう」
「我慢しろ」
 キスの後、体勢も整わないままに硬いのを思い切りねじこまれた。はぁ、と熱い息が漏れて、身を裂くような甘い切迫感が奥の方を貫く。ついでに肘置きの角が首に直撃した。わっと思った瞬間、いいのと痛いのとが同時に襲いきてわけがわからないまま、のぼせた身体を揺さぶられて芯から蕩けそうだ。
「ねえ、やばい」
 返事はない。だめ、と譫言みたいに繰り返すと余計に動きが激しくなった。
「ねえ、フィンクス、さっきぶつけた」
 素直に言ってみたら、知るかと笑われる。知るかじゃないよ、マジで痛いよ。と思いながら私もなんだか笑えて、無性にそうしたくなって、首に手を回して抱きついた。こうするのは初めてなのにずっと前から知っているみたいだった。五感を刺激する肌の、声の、眼差しのすべてが。無骨でぶっきらぼうで、かわいげのかけらもない。ただ、触れ合ったところがどうしようもなくなじんで離れられない。
 おい、とフィンクスが私を呼ぶ。
「こっち見ろよ」
「今の私の顔、忘れてくれるなら、いいよ」
「断る」
 深く口付けて、なにもわからなくなっていく。昨日も、明日も、生者も、死人も。今いる場所はどこでもない。もういい。なんだっていい。確かなものはこの底なしの熱だけだ。




「……………お前はついてくんのか結局」
「さっきその話したでしょ」
「聞いてなかった」
「ついてく」
「…………好きにしろ、俺は知らねえ」
 フィンクスは背を向けて横になった。好きにするよ。この地を離れて皆と遠い海の上。ヒソカを殺す。それでいいよ。ただもう戻れないかもしれないな。相討ちならいいか。いや、相討ちなんて甘い見通しかもしれない。死ぬかな。だとしたらイヤだ。でももっとイヤなことがある。
「フィンクス起きてる?」
「んだよ」
「…………」
「言えよ」
「ゆっくり言う……」
「んだそれウゼーな、さっさと言え」
「フフ……。気になるでしょ……」
「オイ。目閉じんな、てめぇ寝てんじゃねえか」

 そうだよ。
 ねえフィンクス。絶対に、私より先に眠らないでよ。


出航前夜



240120