「君って今暇かな?」 頭上から降ってきた甘い声に、私はとっさに身構えた。このまま引っこ抜いて持ち帰りたくなるくらい可愛いパラソルの下、カフェテラスにて。私は今まさに読んでいた本に栞を挟んだ。緊張で指先が冷えてくるが、ここで自分を見失ってはいけない。 出先で声を掛けられることは初めてだった。 「…きこえてるー?」 無反応の私に尚も相手は問いかけた。初対面の相手に対して軽い口ぶり、慣れたものである。恐れることはない、コミュニケーションさえとれれば例え相手が半魚人だろうが会話は成り立つのだ。そして早々に終わらせよう。私は意を決して顔を上げる。目が合った男はやさしく(見せかけるために)微笑みかける。 「あ、聞こえてた。ねえ君、暇?」 「busy」 「なんで英語?」 相手はとても綺麗な顔立ちの青年だった。さらさらの金髪が風に揺れ、大きな瞳がこちらを覗き込んでいる。澄んだ深い碧の目はいかにも人当たりのよさそうな光を湛えているのだが、毛頭騙されるつもりはない。カモになんてなるものか。断固として!私は、この男こそ世にいうキャッチなのだと強い確信を得ていた。 街頭アンケートとか装って最終的に高い商品とか買わせる手口だろ。でなけりゃこのイケメンが私に用などあるわけがない。たとえばもう一つ隣の丸テーブルでスコーン食べてる女の子の方がよほど声を掛けやすいに決まっているのだ。かわいいし。 「ホントに忙しいの?」 男は探るような目を私に向けた。そりゃコーヒー3杯もおかわりして欠伸しながら本読んでた人間が傍目に忙しいかというと、返す言葉もない。事実、死ぬほど暇だった。久々の連休だったがやることがない。古本屋でいちばんくだらなそうな本をチョイスして読むという、どうしようもない楽しみを孤独の慰みとしていたのだ。ほっといてくれ。 「yeah」 「(変な子…)」 緊張のせいか変なキャラ付けしてしまったが、バッサリ否定できたことに私は少なからず安堵した。付け入る隙は与えない。何も買ってやらないから早くUターンしろ! 「ふーん…もしかして、人待ってんの?」 必要以上に食い下がる…これはもう押し売り確定だ、少しでも下手に出たら即時アンケートコースだ。ところで最近季節の変わり目ですねお肌の調子はどう?と、くるわけだ。会話の主導権は譲ってはならない。優しそうな顔して頭の中は肉食恐竜。警戒心を露ほども隠さぬ私に、青年はまたにこにこと笑った。ぐぬぬ、しぶとい。 「そうですよ」 「なに?男?」 「はい」 でまかせもいいとこだが彼は多少なりのショックを受けたようだった。これはいける。想定では「それではさようなら(完)」と続くはずだったのだが、彼は笑みが引き攣りながらも応酬を終わらせようとはしない。 「でもなかなかそいつ来ないよね。俺と時間潰そうよ?」 「じきに来ますよ。きっとアから始まってトで終わるものをやっつけてる最中なんです」 「ア…ト?」 「そーいうの取り締まる仕事してるんですよね(逃げ帰れアンケート野郎)」 「(…アント?キメラアント?)それさ、もしかして間には“ン”とか入る?」 「!」 「やっぱり!」 青年はなんだか勝ち誇ったように腕を組んだ。私は面食らって言葉に詰まる。これはナメられてるのか?一人でぐるぐると考えて憤る私をよそに、彼の表情は心持ち明るい。 「あれね。実は俺もね、こないだ何匹かやったよ」 「(同業者潰し!?)」 「けっこー強いよ?俺、君の待ち人より強い自信あるな」 この業界での強弱はノルマの達成度とかで決まるのだろうか。やるとかやらないとかってなに、こわい。誰か説明してくれ。金髪男はというと、なにかやり遂げた後のように清々しい顔をしていた。どういうことだ。 「ど、どうでしょうね。彼、その道じゃ“狩人”って呼ばれてるんですよね」 そんな彼氏イヤだ。 「あ、プロなの?俺もそうだよ。ライセンス持ってる」 「(ライセンスあんの!?)でも彼の周り、死屍累々っすよ。あれもう、吐息かな?吐息で殺してる」 吐息て。私はげんなりした。人生でついた一番くだらないウソだ。しかし今度はやや間があり、信じられないことに、金髪男はしおらしげに頭を垂れた。押して引く作戦か? 「……君は強い方が好き?」 なんの質問だ。そもそも街頭アンケートを吐息で殺す「彼」なんていない。いてほしくねえ。この話題で会話が成り立つ意味もわからないし、私はそろそろ本の続きが気になりだしていた。が、強いか弱いかそりゃどっちかっていうと、 「強い方が好きです」 私の言葉には、戦意を挫くなにかがあったらしい。金髪男はこの世の憑き物をいっぺんに背負ったような顔で、私のついている席から離れた。…私は勝ったのか?突然の不気味な沈黙に男の出方を窺っていたのだが、これ以上ここに留まるつもりではなさそうだった。 「俺出直してくるよ」 「えっ、はあ」 「これだけ覚えといて。俺の名前」 「(なんで?)」 金髪男は哀愁を漂わせて去っていった。なぜ名乗る。もう会うことはないだろうに。 「えーと…シャロナンクだっけ?」 通りが騒がしいので、去り際の男の声ははっきりと届かなかった。なんかこんな感じだったんだけどなあ~。私は靄が晴れない気分を抱えながら、静かになったテーブルで再び本を開いた。「マリモはなぜ丸い」。第一印象を裏切り、なかなかどうして面白かった。 ・ ・ 「クロロ、俺フられた」 「シャルが?珍しいな。相手は何だって?」 「プロハンターの彼氏がいるって」 「ほう」 「でそいつは世界でも指折りの強さだって」 「ほう」 「キメラアントの群れを吐息で殺すって」 「気色悪い奴だな」 「あんなにはっきりダメって言われたの初めてだ……俺ちょっと鬱になってきた……」 「(「軽くオトしてくる」なんて出かけていったくせにどんな会話してるんだ)」 異文化コミュニケーション title by:インスタントカフェ 071215 修正:20141110 マリモはなぜ丸い |