「はっきり言わせてもらうと、俺はお前に興味がない」

 初対面のインパクトはデカいっちゃデカかった。苦い顔をして突っ立つ私に、その男は口の端だけ器用に引き上げて「よろしく」と儀礼的に手を差し出した。私はその手とおそろしいほど無感情な目を交互に見て、ますます握手に応じる気が失せた。言葉とは裏腹にまるで隙がない。よろしくするつもりゼロだろ。

「団員でない者に団長と呼ばせるのも妙だし、本意ではないが名乗るか。クロロだ」
「………」
「………」

 どう好意的に捉えようとしても無理のある沈黙が流れると、私はその手を見なかったことにして、隕石でも落ちてこないかなあと思いながら同じく儀礼的に名乗る。

「私はです。どうぞよろしく」
「そう暗い顔をするなよ、先が思いやられる」
「…イエ〜〜〜〜〜イ!!マジサイコー」
「うるさいぞ」

 なんだこいつ腹立つな!端正な横顔を張っ倒してやろうかと思ったが、ちょうどその時エレベーターが目的の階に着いたことを報せ、なんとか踏みとどまる。クロロはそれっきり何も言わずに私に付いて歩いていたが、鍵を開けて家へ入った途端、初めて訪問するとは思えない態度で「とりあえずコーヒーを淹れてくれ」と切り出した。えーーー…。げんなり顔で無言の抵抗を試みるも、振り返るとクロロはすでにソファの一番いいところに座って、なっがい足を組んでいる。めちゃくちゃだ。

「コーヒーかあーー…駅で変なオバさんにもらったやつあったっけ…」
「おい、なんだそれは、おい」

 聞こえないふりをしてキッチンのキャビネットを六ヶ月ぶりくらいに開けると、まともなインスタントコーヒーを渋々取り出す。危険度マックスな方のコーヒーを振る舞ってやってもいいが、彼に何かあれば自分もただじゃすまないので仕方ない。外はすっかり夜も更けて、後ろでは幻影旅団の団長が「この部屋ピーナッツくさいな」などと言っている。わけがわからない、この状況。ダラダラと湯を沸かしながら、私は自分をこんな状況に追いやった元仕事仲間を心底呪った。

「念押ししておくが」
 コーヒーを一口含むと、クロロは一瞬眉を顰める。ただ湯を注いだだけだ。いいも悪いもあるかい、と思いつつ私も口にしたが普通にマズかった。
「生死に関わることでなければ、互いに干渉無用だ」
「そうですね」
「俺はお前が半殺しにされようと、生きてさえいればそれでいい」
「いやそれひしひしと伝わってきてます」
「そうか」

 会話からの逃げ道を探して私はもう一度コーヒーに口をつける、がやっぱりマズい。口直しにとテーブルの上のナッツ缶に手を突っ込むと、クロロが「それか」とでも言いたそうな顔をした。が、生死に関係ないので無視してピーナッツをつまむ。くさくないわ。私がナッツをポリポリ食している間にさして新しくもないマンションの端から端を見渡すと、クロロは「これでも二室あれば及第か」と聞き捨てならない呟きを発して立ち上がった。

「え、どこへ行くんですか?」
「寝室だ。疲れた」
 疲れたのはこっちだよ。ていうかちょっと、ちょっと待って。慌てる私に、クロロは振り向きもせず廊下の方へ歩いて行く。
「いや、そうじゃなくて」
「俺はこっち、お前はそっちで寝ることにしよう」
「公平みたいな言い方してますけど、私ソファなの?」
「シャワー借りるぞ」
「あハイ」
 ハイじゃねえ。
「それと、明日は仕事だ」
 ……………。
「必然的に私も付いていかなきゃならないんですけど」

 そうだな、と無情な一言だけ残してクロロは(旧)私の寝室へ消えた。ドアが閉まり、時計の音だけが鳴っているリビングで、私は一旦深呼吸をして冷静に明日のことを考え、冷静に死にたくなる。ほんの二十時間前までは私の元にも、当たり前に自由な朝がやってきた。極悪S級賞金首と互いに命綱握り合うだなんて想像すらせずにこの部屋を出て、いつものように仕事をしていた。していたはずなんだけど。
「イエ〜〜〜〜〜イマジサイコー」
 ぽつりと零してみるとありえないほど死にたさが高まってくる。テーブルの上にはコーヒーカップが二つ。明日になったら覚めてくれないかなあと投げやりな気持ちで伸びをしたが、ソファの寝心地の悪さは紛れもない現実だった。一夜明けると私たちは今や、最高に固く結び付いた、最悪の運命共同体だ。




はじまりの夜



150809