平日の昼にもかかわらず、ネットカフェは意外なほど混んでいた。ぎりぎり滑り込んだ残り一席の狭いブースで、ドリンクバーのオレンジジュース片手にハンターライセンスをスロットに滑らせる。
 試験にはむりやり参加させられたけど、持っているとたしかに便利だ。これで除念の手がかりが掴めればいいけど。

 私の合格の報を受け、旅団に激震が走った。走るなよ。ひときわショックを受けていたのはフィンクスで、しばらくはそんなわけがないぜってえ八百長だといって憚らなかった。なにがだ。あまりに疑われたのでライセンスを持った自撮り写真を送りつけたら「金かえせ」とだけ返ってきた。腹たつな。
 どうやら私の合格に賭けて総取りした人がいるらしい。誰かは教えてくれなかったけど。

「私もほんとはムリだと思ってたな」

 ひとりきりの個室だと呟きも意外に大きく聞こえた。答える声はない。クロロは今頃古書店だ。贔屓の店があって、ここ最近顔を出していないと言っていた。ついていく理由もなかったので、例の如く日没まではそれぞれに時間を過ごすことにしたのだ。
 ハンターサイトの尋ね人スレッドに術者の情報をタイプしていく。ひととおり書き終えたあと、報酬を設定して送信を押した。あとついでに違うスレッドで自分の仕事も宣伝しておこう。ジュースを一口飲んだ時、デスクの上で携帯が震えた。画面にはシャルナークからのメッセージが表示されている。


“ハンターサイト、旅団のこと書かれててすっごい笑えるよ”


 ええ。送られてきたキーワードで検索するとすぐにそのページは見つかった。旅団について、案外真に迫った情報や噂の書き込みがつらつらと並んでいる。さすがハンターサイトと思った矢先、ある時点からシャルナークらしき人物が数回に渡ってめちゃくちゃなデマを連投していて、ジュースを思い切りむせてしまった。挙句、蜘蛛の刺青を十箇所入れたスーパー幻影旅団員の存在をちらつかせている。おい!何やってんのこの人?

“荒らしてるじゃないですかめちゃくちゃ”
“ちょっとみんな信じてんだけど、うけるよね”

 悪質なユーザーがここにいるんだけど!どうなってんだハンターサイト。虚構の新情報に沸きまくるスレッドとは反対に、私のいるフロアはしんと静まり返っていた。シャルナークからは「十箇所ってどこだと思う?」と追撃のメッセージがきていた。知らんわ!!腹から声を出してツッコみたいのに場所が悪すぎる。
 しばらくむせながら一人で笑いつづけ、クロロにも後で教えようと思って画面を撮った。カシャ、というシャッター音と同時にいやなんの写真?と声が漏れる。

「………くく、あはは」

 笑いが止まらなくなって、ほとんど残っていないジュースを飲み干した。氷で薄まっていたけど甘くてとてもおいしかった。
 ムリだって思ってたのにな。初めから全部。ハンター試験に参加することも、旅団と向き合うことも、それからこの念と、クロロと。うまくやっていくことも。

 画面の端に通知が浮かび上がった。さっき出した仕事の宣伝に返事がきている。早いな。シャルナークが書き込んだページはもう収集がつかないほど盛り上がっていた。
 知らなかった。こんなにも色んなことが、開けていっていること。クロロに会ったあの日から、なんだか世界は思ってたよりも頑丈で、ずっと笑えるものになっている。


 気がつくと掛け時計は五時半を指していた。日没までまだ時間があるけど、外の空気を吸いに出よう。ぐっと伸びをして天井を見上げた。命を縛られていても、こんな自然に息ができるみたいだ。探していればその内念は解けるんじゃないかとちょっと前向きに思える。でももう少し、

「このままでもいいかな」


  ……。言った瞬間、自分の口から滑り出た言葉にびっくりして、デスクの裏板に思い切り膝を打ちつけた。いっっっった!ソファに転がり悶絶しながら、誰も聞いてないよね今の、という焦りが怒涛の勢いで押し寄せてくる。聞いてるわけもないのに。

 逃げるように会計を済ませ、カフェから出た瞬間見上げた空は暮れる前の薄桃色に染まっていて、私はやっぱり、クロロにも見せたいなと思ってしまった。



それから


210627