街の中心へまっすぐ続くプラタナスの並木が、街灯のくすんだ光で等間隔に照らされている。夜の深まった公園沿いの長い遊歩道はしんと静まり返り、私の足音の他にはなにも聞こえない。右手に広がる池の水面には、大きな月が映ってゆらゆら揺れている。ずいぶんな距離を歩いてきてしまった。

 ひとりで過ごす夜が物語っている。念は解けた。

 夕暮れ前のカフェを出て、今から帰ると言おうと思った。数回コールを鳴らしたけどクロロは出なくて、それから突然だった。憑き物が落ちたような虚脱感と共に自分の中から他人のオーラが消えたことで、除念が成されたのを知った。その理由も。

「………。“このままでもいい”」

 それだけ。全然よくない。あれはただ口が滑ったんだけど、多分クロロも口を滑らせて奇跡的に解除だ。何でもいいはずだったのにどうしてこんな言葉にしたの。意図は死人に問うべくもない。あの晩念を掛けた同僚に、私は本当の意味で生かされたんだ。このキーワードが声になるまで、もしかしたら声になった後も、クロロが私を殺さないように。
 盾にされたのだとばかり思ってたのになあ。
 そうしてしんみりした後で、その辺歩きながら最後にかける言葉でも考えるつもりが、思わぬ健脚を発揮し二十五駅ほど踏破してしまった。挙句なんも思いついてないしここどこだ。

 このまま歩いてても見つかるんだろうか。クロロに言いたい何かは。
 あったとして、言うべきことかもわからない。あまり繊細な人間関係じゃあないのだ。
 ゆるやかな夜風が街路を吹き抜けた。不意の肌寒さに身震いして立ち止まり、舗装された地面に視線を落とす。その瞬間、薄暗いはずの道に目の眩むような白い光が一筋近づいてきた。私に向かってまっすぐ。



「見つけた」

 静寂を打つその涼しげな声は、私の耳にはっきりと届いた。映画から抜け出してきたようなトルコ石色のクラシックカー。どこから盗ってきたんだろう。運転席の窓からいつもと変わらないクロロが顔を覗かせる。

「電話。どうして掛け直してこなかったんだ」
「いやー…なんにも浮かばなくって」
「別れの言葉でも考えてたのか?」

 くく、と込み上げたように肩を震わせクロロが笑う。

「お前らしくないな」

 嫌味も飾り気もない素の笑みにつられてふっと肩の力が抜けた。たしかに。探しに来てるのもらしくないけど、と詰ってみるがクロロはそれには答えず「そもそもどこへ向かってたんだお前は」と返す刀でいきなり真っ当なことを言う。それはホントにそう。全然わからん。しかもこの人なんでそれを見つけてるんだろうと思うと、次第におかしくなってきた。磨かれたボンネットに少し背伸びして腰を預け、冷えた空気を胸いっぱいに吸い込む。

「はあーー……。念解けた」
「ああ。口が滑った………、なんだその間抜け顔は」
「それ私が言おうと思ってた」
「冗談はよせ、お前と思考が被るのは一回で充分だ」
「こっちのセリフなんですけど!?」

 会話が途切れた刹那、並木道が葉擦れの音で俄かにさざめいた。夜空に流れた星が一筋、フロントガラスに映って雫のように光った。

「………じきに夜明けだな」
「そうですね」
、コーヒーでも飲みに行くか」

 問いかけに目が合って、自然と頷く。乗り込んだ助手席から臨む、道の果てに延びたまだ暗い地平線が、ハンター試験の夜にクロロと見た景色と重なった。





それでも朝までには


211103