「暗い顔だな。もっと楽しんだらどうだ?」
 忍び込んで十歩と進まぬ内に襲いかかってきた黒服をあっさりと片すと、クロロは無茶な注文をつけた。逃げ惑う金持ちの悲鳴と、殺る気満々の敵能力者。あと味方はサイコパス。楽しむ要素ねえ!そもそも味方か?直後、耳を劈かんばかりの爆音で飛び上がった私に、クロロは広間を指差しあっちに七面鳥あるぞ、と言った。めっちゃバカにされとる。

 いかれた運転で二十分程頭をボコボコ天井に打ちつけた後、深い森の奥にあらわれたのは豪奢な洋館だった。煌々輝くシャンデリアが振り子のように揺れる。フィンクスたちが階上で相当暴れているらしい。

「雇われの能力者が何人か宝を持って逃げた。追うぞ」
「はーーい」

 生返事をし、腰を抜かした客の頭上を飛び越えた。五分と経っていないが館内は地獄絵図だ。ただの金持ちのパーティーにしては警備が厳重だと思ったら、盗品密輸品の取引場所らしい。見覚えのある石膏像にボンテージ姿のおっさんが半泣きでしがみついている。さっきから同じような風態の客ばかりで本当になんなんだ。そのボンテージクラブを隅から隅まで荒らしている私たちはもっとなんなんだ。らせん階段を駆け上がると、大判の絵画が飾られた踊り場に、事切れた大男と高そうな壺が転がっていた。傍らに立つクロロは息ひとつ乱れていない。

「こいつも外れだったな」
「なに探してるんですっけ」
「所有者を外敵から守る宝があるらしい。片っ端から襲えば出てくると思うんだが」

 こわっ。普通に物騒な発言に怯んだ私を置いて、クロロはさっさと歩を進めた。フロアは最上階まで吹き抜けになっている。見上げた瞬間、四階の部屋から大理石の像が轟音と共に飛び出した。まず間違いなくフィンクスのいる部屋だろう。破壊の限りを尽くしている。ゴジラかよ。客は裏手の使用人通路からほとんど逃げ出したらしく、もぬけの殻になった廊下で警報だけがけたたましく鳴っている。犯罪という字を作るなら今この様子から象形するべきだろ。全身に罪の意識を浴びながら立ち尽くしていたら、ふと足下に何かが落ちていることに気づいた。人の頭くらいの大きさの柔らかい布の塊だ。シルクの包みを解くと、くるくるになった白銀の毛束が覗いた。ヅラ?あまり何も考えず顔を近づける。

「リアルくさッ」
「なんで嗅ぐんだ?」
「いや……一応確認を……」
「何のだ」
 うぐ……。真っ当に返されてしまった。自分でもわからん。けど、嗅ぐじゃん?!一応!
「大体リアルってなんだ、捨てろ」
「か、価値あるものかもしれないでしょ」

 たぶん違うけど。しかしクロロがあんまりにもアホを見るようなのでこちらも妙に意地になる。捨てろ、いやです、行くぞ、行きますけど、それは捨ててけ、ヅラを握りしめて死ぬほどくだらない問答をしていると、突如その場に高笑いが響き渡った。




 間抜けなタイミングで登場したそいつは幻影旅団のライバルだと名乗った。ライバルってなんだ。顔に大きな傷のある白髪の男が、不敵な笑みを浮かべて私たちの行く手を阻むように階上の壁に凭れかかっている。

「幻影旅団だな……待ってたぞ」
 待ってたの?私はクロロを仰ぎ見た。
「誰ですか?」
「さあな」

 クロロはあまり熱の入っていない声で、時々こういうのが出てくるんだよなとぼやいた。男はそのまなこに爛々と間違った光を宿し、前回は逃げられたとかその前はどうとか口上を述べている。おそらく似たような現場に居合わせ続ける内、生き残った男としての自尊心が増長したようだ。なにが楽しくてこんな恐ろしい連中に絡んでいくんだろう。さっぱりわからない。流し聞きモードに入ったクロロを見下ろすと男は高飛車にこちらを指差した。

「今日こそお前らを仕留め、名を上げる!!」

 ……お前「ら」?眉を顰める私をよそに、クロロは有名人は困るなとまったく困っていなさそうな表情で口元に手をやる。あの、私幻影旅団じゃないです。誰か違うって言って!

「焼け死ね!!」

 聞けや!瞬間、男の手から放たれたオーラが瞬く間に巨大な火球に変わる。なんだよもう!抗弁する間もなくクロロにがくんと腕を強く引かれた。脇を掠めて豪速で飛んできた火球が後ろの壁にぶつかり、地響きと共に天井から土埃が落ちてくる。あっっっつ!初対面の人間に炙られた!

「あっつ!熱い!!!熱いっす!!!」
「落ち着け」
「そうはいっても……あっっつ!」
「問題ない。煎られた豆だと思え」

 何を?自分を?!左脇腹を抑えたまま見上げると、階上に男の姿はない。にわかに廊下奥で人影がちらついた。死んだら殺すぞ、と矛盾した発言を残してクロロは音もなく床を蹴った。燃え広がった炎は壁や柱を伝ってフロア全体に及んでいる。私団員じゃないです!!声にならない心の叫びを発し、死に物狂いで後を追った。あのナゲットが最後の晩餐になったら笑えない。一足遅れて回廊へ入った瞬間、クロロの躱した火球が石座に打ち当たり、巨大な甲冑が派手な音を立ててこちらに崩れてきた。

「うわっ!」

 咄嗟に右手で顔を庇う、が、想像した衝撃は訪れなかった。引っ掴んだ銀色の毛束がオーラを纏い、身体を覆う触手のようにうごめいている。その場で少し考え、私はヅラが甲冑を弾き飛ばしたことを理解した。何これ?頭上にパラパラと砂礫が降りかかるたび、毛が執拗に全身に絡みつく。苦しい。あとくさい。なにこれ……。混乱に次ぐ混乱の中でクロロの言葉が不意によみがえった。
 所有者を外敵から守る宝。これじゃん!

ほとんど前が見えないながらもクロロの気配を頼りに、私は転がるように駈け出した。近づくにつれ、身を焦がすような熱が弱くなる。クロロが引けをとるとは思っていなかったものの、想像以上に勝負は早く決したようだ。灯り届かぬ廊下の突き当りで、尽きる寸前の炎に照らされた影が一人分、ゆらゆらと揺れている。

「クロロ!!」

 駆け寄るとすでに炎使いの男は息絶えていた。顔中に毛が巻き付いた状態で「お宝見つけた!!!」と報告したら、無言で頭をはたかれた。





 煙立ち上る屋敷を後にして、車は限界のスピードで真夜中の森を走り抜ける。私は隣に座るフェイタンに一ミリたりとも触れないよう後部座席で縮こまり、膝の上の戦利品をどうしたものかと見つめていた。ヅラを握りしめて二人と合流した時は本気で死を覚悟したが、幸いフィンクスの二度目の爆笑を勝ち得ただけでぶっ殺されずには済んだ。

 流れる景色はやがて岩場に変わった。森を出て視界が開けた瞬間、藍色の絵の具で塗りつぶしたような夜空にぽっかりと月が現れる。……長い夜だったな。助手席のクロロが時折フィンクスに行き先の指示を出すのを聞きながら、安堵の息をつく。ふいに大きな音がした。

「……インドの車にはサイドミラーが無いらしいぞ」
「へー」
「ちょっと今ミラー壊したでしょ!!」




150920