ワン、ツー、スリー。私の応援していたキャベジン・ザ・ストマックエイクは祈りも虚しくリングに倒れたままぴくりとも動かなかった。前年度チャンピオンのまさかの敗北に観客はほぼ総立ちだ。ブーイングと新チャンピオンへの賛辞が轟々と飛び交って場内はえらい騒ぎになっている。バカな!沸き立つ会場で思わず頭を抱えると、隣に座るクロロがコーラを煽り「見る目ないな」と茶々を入れた。ちくしょー!!外れ券を丸めたところで、後ろから気の抜けた声が上がった。振り向くと上段の席で私の倍くらいの紙きれを手にした男が頭を抱えている。クロロが呆れた顔をした。

「シャルもあれに賭けてたのか」
「ギャンブルだと安牌切っちゃうんだよね…」

 うなだれるシャルナークの横で何かを指折り数えていたマチが顔を上げ、500万勝った、と恐ろしいことを呟く。

「え?次どっちにする?オレもそっち買うからさ」
「やだね。あんたと同じとこ賭けたくない」
「ひどいなあ」

 一連の流れを見ていたシズクはポップコーンを頬張りながら、五連敗ってフツーじゃないよね?と同意を求めてくる。私も五連敗してるよ。物言わぬ訴えは無視され、答えを待たずにシズクはぷいとそっぽを向く。彼女の関心は運び出されていく負け闘士に移ったようだ。マイペースか。とはいえまだこの三人とは普通に会話ができるのが救いだ。他の団員に会わせるという朝っぱらから血も涙もない宣告と共に、私は寝ぼけまなこのまま飛行船にブチ込まれた。蹴っ転がされるように降り立つと、そこは天空闘技場だった。

「それにしても、フェイタンと会ったのに無傷なんだ」

 上段の席から身を乗り出したシャルナークが、しゃれにならないことを言う。会話の切り口としておかしくない?

「それあたしも思ったー、爪全部あるし」
「あいつ剥がせるやつから剥がしにかかるからなー」
「剥がせないもんムリヤリ剥がすの間違いだろ?」

 剥がせないもんってなに?!震え上がった私に、マチがあんたラッキーだよ、とわけの分からないフォローを入れた。なんもよくない。なんで旅団の導入がそんな危険人物なんだよ!もっとマイルドなとこから始めるとかあるじゃん。引き合わせた張本人はそしらぬ顔だ。

「仕事は基本的に夜だ。嫌なら早く解除の手がかりを見つけろ」
「ぐぬ…」
「ねー団長、昼間は別行動してていいの?」
「ああ。日中は制約を受けない」
「へー」
「といっても"道連れ"がなくなるわけじゃない。白昼だろうががどこかで肉でも詰まらせて死んだら俺もあの世行きというわけだ」
「詰まらせんわ!」

 やりかねないだろ、とでも言いたげな視線を投げクロロはまたコーラの缶に口をつけた。
 一方が死ねば他方も道連れに死ぬ。日没間は互いの存在を認識できる距離にいなければ死ぬ。解除条件は術者が任意に設定する。私の故仕事仲間はこのめんどくさい能力を使って、命知らずにもそのスジの連中相手にゆすり屋紛いのことをしていたようだ。恨みを買わないわけがない。お礼参りで死にかけていた彼を縁あって助けてやってから、私たちはダラダラと金持ちに召し抱えられる雇われ能力者になった。が、クロロが侵入者として現れたあの夜。念を発動したあいつは脇目もふらず出口へ駈け出した。私を盾に逃げようとしたのかもしれない。薄情なやつ。問いただしたくても今や物言わぬ屍だ。「?」回想に耽って沈黙していた私は、シャルナークの声で我に返る。

「他に知っていることは?」
「いや……。能力を実際に見たのもあれが初めてなので」
「拘束が厳しくて、発動までのブランクなしか。解除条件はかなり単純かもね」
「金品要求の交渉に使っていたようだ」
「だとすると、術者がその場にいなくても解除はできる可能性が高いな」

 金だけ巻き上げて安全な場所から解除条件を教えたいはずだし、シャルナークがそう結んだところで会場のモニタに次の対戦カードが表示された。「もう次、始まんの?」そんな声に顔を上げると、いつの間に席を立っていたのかマチが右手に缶ビール、左手にデュエリストかよという数の券を持って階段を降りてくる。男気がハンパじゃない。

「勝ち分全部突っ込んだ」
「どっち賭けた?オレも買…」
「やだ」

 意気消沈して席を立つシャルナークの背中を見送っていたマチが、ふいにこちらへ券を突き出す。??面食らった私に、マチは顔にかかった髪を鬱陶しそうに払うと「見せてやってもいいけど」と笑った。か、……カッケー!!!!今のめちゃめちゃかっこよくない?!!興奮してその場で立ち上がると、間髪入れずクロロの手が視界を遮る。

「やめとけマチ、負け運がうつるぞ」
「ほっとけ!」
「あ、、ついでにポップコーンのおかわりよろしく〜」

 キャラメル味ね、とねだられて私は階段を一段飛ばしに駈け出した。結局マチがどっちを買ったのか見てないし、もうすぐ次の試合始まるし!リングネームのコールが響き渡った会場を後にして、エントランスに滑りこむ。券売機の横に立つシャルナークは、真剣な面持ちでオッズを携帯に打ち込んでいる。どうかこの人とかぶってませんようにと願いつつ闘士を選んでポップコーン片手に戻ると、シズクは「全部食べたら口がもそもそするから」とよくわからない理由で半分くらい分けてくれた。クロロは読書に没頭している。なにしにきたんだ。

『第六試合、ただいまスタートです!』

 (幻影旅団は……)
 ポップコーンを頬張りながら、攻撃の応酬を追う。噂ほどえぐい人たちじゃないのでは。まあ、個人差はあるけど。そんなことを考えた瞬間、賭けた闘士が顔面にクリーンヒットを喰らった。げっ!


バトルオリンピアにて


150920