そのとき飛行船の航路は雲の切れ間に差し掛かり、目の眩むような光が窓から差し込んだ。「、閉めて」フラットにした座席で横になるマチが片腕で顔を覆い、手だけで合図する。ブラインドを下ろすとマチは小さく頷いて寝返りを打った。めちゃくちゃタフな変態にストーキングされているとかで、このところ寝不足らしい。未だ陽は高く、目的地は遠い。出航から二時間が経とうとしていた。

 マチかわいそー、と言ってシズクが持ち札を二枚捨てた。船内では皆思い思いに到着までの時間を潰していた。マチはずっとあの様子で、クロロは分厚い本片手に早々に静かな別の船室へ引きこもり、それ以外はメインデッキになんとなく集まってトランプの山を囲んで座り、ゲームに参加したりしなかったりしている。

「次ねー」
「うーん……」

 カードに指をかけ持ち上げた瞬間、シズクの目がいたずらっぽく輝く。げ、ババだ。私の微妙な表情の変化を読んだのかフランクリンが片眉を持ち上げ、私の手札から全然ババじゃないカードを引いていった。ぐぬぬ。

「マチをあれだけ追い込むとは、ストーカー野郎もなかなかやるな」
「見上げたタマだぜ。イカレてるけどな」
「ウボォーどんな人か知ってるの?あたし何度か聞いたんだけど教えてくれないの」
「風の噂でな。何がヤバイってこの間マチが……」
「あんたたちさっきからうるさいよ!」
「うおっあぶね、オイ針投げんな!」

 反射的に立ち上がったウボォーギンの足がそこにあった山札を蹴っ飛ばし、さっと身を引いた私たちは目を合わせて手札を置いた。このゲームは終わりっぽい。シズクがあたしジュース取ってくると言い残して奥の通路に消え、残された私とフランクリンはそそくさとデッキ前方に避難した。ふかふかのソファに腰掛けノートパソコンに向かい合っていたシャルナークが、イヤホンを外して呆れた顔でこちらを見る。

「船内で暴れるの禁止」
「悪い、寝た子を起こした」
「そういやノブナガもあっちで寝てますけど」
「あいつは飲みすぎだ」

 やれやれと嘆息してフランクリンはテーブルを挟んだシャルナークの向かい、三人分掛けソファのど真ん中に腰を下ろした。それでも狭そうに身を小さくしたまま、映画でも見るかと呟きテーブルの上のリモコンを手に取った。誰も気に留めていなかったが、壁に据え付けのモニターからは古い外国映画が流れている。ボリュームを上げたはいいもののデッキ後方が騒がしくちっとも聞こえない。突っ立ったままの私を見てシャルナークが一つ横にずれてスペースを空けてくれた。

「ま、座りなよ」
「ありがとう」

 座って大きく後ろに伸びをしながら、ここにいるの全員幻影旅団か、と心中つぶやく。本当に?現実味がまるでない。手持ち無沙汰なのでマインスイーパでもやろうかと携帯を取り出したが電池切れだった。シズクと変顔撮って遊びすぎたせいだ。トムとジェリーみたいな騒ぎになっているウボォーギン周辺とは打って変わってまったりした時間が流れて、シャルナークがパソコンから目を放さずにねえフランクリン、と切り出した。

「音全然聞こえないけど話分かんの?」
「字幕がありゃなんとかな」
「へー」
「クライマックスはなかなか魅せるぞ、この映画は」
「なおさら音ほしいね」
「そりゃそうだ」
「ところでってハンターライセンスは持ってるの?」
「いや」
「ふーん」

 シャルナークは相槌一つ打って、またパソコンをカタカタやり始めた。……ん?

「今何やってます?」
「エントリーだよ」
「何の?」
「ハンター試験」
「ちょっと待って!!」

 勢いよく立ち上がる私をパソコンごとするりと交わしてシャルナークはニコリと好青年風の笑みを湛えてエントリーしちゃった、と魔性の女みたいなかわいい言い方で誤魔化した。いや、誤魔化せてない、なんも。こんな念の制限下で何が起こるか分からんハンター試験に乗り込むなんて自殺行為だ。

「除念の手がかりを探すにもライセンスがあると便利だし」
「それはそうだけど」
「あと俺たちマチに900万負けてるわけだし」
「それ私50であなた850ですよね」
「ハンターになってパパッと返して一石二鳥だね」
「聞けよ!」

 ピュウと掠れた口笛を吹いてすっとぼけるシャルナークにまたツッコんでいると、近くの船室の扉が開いてクロロが顔を出した。気がそれた瞬間パソコンを閉じてソファをひょいと跨ぐとシャルナークは俺水取ってくる、とだけ残してどこかへ行ってしまう。旅団で定番の言い訳らしい。ハンター試験のことを言い募ろうとした私を手で制してクロロは脈絡もなく言い放った。

、騙されたと思って俺に好きだと言ってみてくれ」
「なんで?」
「いいから早く」
「ええ、いやですけど……」
「さっき思いついたんだが、メロドラマならそれで念が解除される」
「そんならクロロがやればいいでしょ」
「思ってもいないことを言えるか」
「その言葉そっくり返すわ!」

 それもそうだ、と頷くとクロロは部屋に引っ込み扉をパタンと閉じた。マジで何?ツッコミ疲れで頭を垂れるとフランクリンが再びリモコンを取って音量を上げる。船内はいつの間にか少しだけ静かになり、瞬間モニターから嵐のような銃声が聞こえてきた。見るとクラシックカーの中で若い男女が蜂の巣にされていた。そういえばこの映画知ってる。彼らは実在の人物らしい。

 ふと、飛行船の向かう先で私たちがやることを思い出し猛烈にげんなりした。ボニーとクライド。転がるように破天荒に生き、好き放題罪を犯して死んだ。映画はそれで終わるけど、降りられない船が着いたら現実。はたから見れば私も盗賊の一味だ。銃声がやんでエンドロールに入るとフランクリンが気遣うような声で言った。

「お前も大変だな」
「ウッ……」
「いや泣くなよ」



俺たちに明日はある


190630