「おめでとう!!」 パーン!スパパーン!! 部室に足を踏み入れた瞬間、私に向かって軽快な音と拍手が雨あられと降り注いだ。部室を見ると誰かの誕生日やクリスマスよろしく内装がパーティ仕様だ。あれ…今日誰かの誕生日? 委員会で少し遅れた私を迎えたのはおなじみ仲良しレギュラーメンバー達だった。みんな笑顔で「おめでとう」「おめでとさん」などと優しく声を掛けてくれる。エヴァか。私がこの心温まる情景に胸を熱くしたりしなかったのは、今日が別に私の誕生日なんかじゃなかったからだ。 「え…、え?え?」 みんな誰かと間違えてない?私の誕生日、先月過ぎたんですけど。私はただ戸惑うばかりで、頭にくっついたクラッカーの紙リボンをとりながら、もしかしたら別の子のサプライズなのにバッドタイミングで登場してしまったのかと思った。しかし部員の様子からそうでもないらしい。 「、よー来た!!」 白石が相変わらず綺麗な顔で笑っていて、なにやら馴れ馴れしい動作で肩をばんばん叩いた。 「いや、よー来たって…そりゃ来るよマネージャーだよ」 「へこんでんちゃうかと思ったけど、私情を部活に持ち込まへんところに感心した!さすが俺らのマネージャーや!唯一無二の四天宝寺の女神や!」 「(出席だけでどこまで持ち上げてんだ)」 これはどう考えても私をかついでいるに違いない。この3年間白石に褒められたことなんてなかった。いよいよ不信感を覚えた私に、謙也が無邪気な声を出した。 「おう、!よく来たやん!」 「だから人を不登校みたいにいうな!毎日顔合わせてるくせして」 「せやけどあんなことの後でな、一日くらい休んだろーって気持ちが起こったってそれは誰にも責められへんで。けどは来た!来たんや!準備をして待ってた俺らの気持ちにも報いてくれたっちゅー話や、それが信頼関係ってもんやねん」 「さっきから何の話してんの?準備とかあんなこととか…何のお祝いこれ?」 「まあそんな怪訝そうな顔すんなって」 「そうそう、みんなちゃんのことが大好きやねんで」 肩を組んだラブルスがフォローなのかなんなのかそのようなことを言った。金ちゃんもその後ろで「おめでとー!ワイ嬉しいわ!」とぴょんぴょん跳ねている。そもそも私がへこみかねないことで彼らがお祝いの席を設けるという時点でおかしいのだが、ひとつの心当たりもない。ますます眉を顰める私の頭を、後ろから財前が小突いた。 「いたっ」 「先輩、俺らの気持ち受け取ってくださいよ。正直俺もめっちゃテンション上がってんスわ」 「だから何なのこれ。なに?このお祝いムード。財前がテンション上がるってどんだけ?」 しかし確かにテンションが上がっているらしい、財前はにやりと口の端を上げると言ってのけた。 「先輩彼氏と別れた記念おめでとうございます」 「「「おめでとー!!」」」 示し合わせたように部員が声を揃える。 「これでクリスマスもみんなで騒げるでー!」 「けど俺らはこっそりパーティー抜けだすもんなっ、なっ小春っ」 「は?何言うてんの」 「オサムちゃんもどうせ一人やろから誘おや」 「いや大人の男のプライド傷つけるからやめといた方がいいんちゃうか」 蜂の巣をつついたようにやかましくなる部室で私は、先週の土曜日に彼氏から受け取ったメールを思い出していた。たいして深くなんてないお付き合い。結局はおままごとのようなものだったが、それでも浮気されて私の恋は一方的に幕を下ろされた。まだ二日しか経ってないのにどこから聞きつけてきたんだろう。何がそんなに楽しいのか、悲劇の渦中にあるはずの私の前でバカみたいにはしゃぐ彼らの様子は奇妙な光景だった。 「ほらさん、あんたが主役やろ」 急かすように財前が私の肩を軽くはたいた。鞄を下ろして、押されるがままに前へよろめく。 「はどう思う?オサムちゃんも誘った方がええ?」 白石はいつもと同じ笑みを浮かべて私にナイフを差し出した。 「…あたりまえじゃん、アホは多いほど楽しいでしょ」 「あー!オサムちゃんのことアホっていうた!ちくったろ!」 金ちゃんが大声を出して謙也にはたかれる。小春ちゃんがけらけらと、千歳は肩を震わせて、皆揃いも揃って笑っている。笑ってくれている。 そうして私は、行き場を失いさ迷っていた自分の話に、どーしようもないアホの友人達が用意してくれたオチをつけるため、机の真ん中に置かれたでっかいケーキに入刀しようと飛び込んだのだった。 どうして自分がこんなに腹の底から笑っているのかも分からないまま。 20121019 |