“受験生の皆さん、長旅お疲れ様でした!” その瞬間音割れする程暴力的なアナウンスが船室に響き渡り、私を深い眠りから力ずくで現実へと引き戻した。ここどこだっけ?一瞬大事なことを失念したが、半覚醒の頭を捻って考える。到着は明朝。騙されないぞ、外はまだ暗い。
 頬をつけ今一度丸まった硬い床に、廊下の方から雪崩れるような足音が震動で伝わってきた。同室で雑魚寝していた受験生達も忽ち動き出すさなか、ハンター協会の人間は爆音放送で口上を続けている。え、本番?怖々と薄眼を開けると、傍らにクロロが座っていた。

「テンカウントで起きろ、
「カウント超えたら?」
「どの端っこかは選んでいい。10、9……」
「起きます起きますってば!」

 念魚も真ん中からいきたい気分のときあるでしょ。寝ぼけ眼でぼやく私を連れ、クロロは船室の扉を開けた。廊下はオレンジの常夜燈で明るく照らされ、他の部屋から続々と沸き出す受験生で溢れ返っている。さすがにこの緊迫感は本番っぽい。場違いに快活な女性の声は続いていた。

『――皆さんが目指すのは島の東端、崖上の灯台です。森を抜け岬へ向かってください』

 船内の混乱を映す窓の外は一面の闇。島なんてどこにあるというのだ。

『夜明けまでに生きて辿り着くこと、これが三次試験です!それではご健闘を』

 どよめきの中高らかに試験開始を布告し、ブツンとアナウンスは途絶えた。だそうだ、とクロロはこちらを振り返る。周りを伺い、さっき感じた震動は足音だけではないことに気づいた。飛行船のエンジン駆動だ。私たちはまだ空の上にいる。
「ロープがあったぞ!!」船首の方で誰かの叫ぶ声がしたのを皮切りに、廊下に溜まっていた受験生が我先にと声の元へ駆け出した。ボヤボヤしていると見知らぬおっさんに壁際へ押しのけられ、観葉植物の鉢に脛をぶつけた。痛!!なんなんだ。怒号がそこら中飛び交ってもう収拾がつかない。

「始まっちゃった…。朝までフライトじゃないんかい……」
「厳密に言えばフライト中ではある。着陸はしていないからな」
「一休さんじゃないんだから」
「団長、!」

 名を呼ばれ振り向くと、人波の奥からいやに爽やかなシャルナークが姿を現した。駆け寄ってくると、ようやくそれらしくなってきたねと笑みを深くする。丑三つ時に飛行船へ閉じ込められた顔じゃない。

「一次も二次もイージーすぎてどうしようかと思ったよ」
「全くだ、退屈でよく眠れた。操舵室は?」
「案の定もぬけの殻。いじってはみたけど、一定高度を保つ自動制御になってるみたいだ」
「え、じゃあやっぱロープの列並びます?」

 バカ言えと呆れた視線を寄越すと、クロロは流れに逆らい船尾に向かって歩き出した。なんだその原始人でも見るような目は!!反論しそこねた私をシャルナークが付いておいでと適当にいなし、肩を軽く叩く。

「さっき夜明けまでに着けって言ってましたっけ」
「そうらしいな。シャル、今の時間は?」
「えーと、二時半」
「航路と海域を考えると日の出まで三時間弱か」

 どうやらテンカウント以上寝ているわけにもいかなかったらしい。他の何にも目をくれず私たちが逆走を始める一方で、依然飛行船は混沌としたまま滞空を続けている。降りる順がどうだと殺気立つ受験生達を掻き分けてデッキ後方へ進むにつれ、喧騒は遠ざかり、代わりにディーゼルエンジンと冷却機の発する単調な音が大きくなっていった。

 さっさと奥へ歩くクロロに迷いはなかった。何か策でもあるのだろうか。人の気配がない乗務員用区画を通り過ぎた先は、通路の突き当たりだった。左手の壁に色褪せた世界地図が飾られていて、「立入禁止」と書かれた鈍い銀色の扉が一つ。

「行くか」

 施錠された扉の取っ手をクロロは力任せに押し下げた。