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「オークション期間のウチの依頼料相場って知ってる?」 五番街で一番目立つ高層ビル。鏡面が青空を反射し天まで伸びたランドマークの下で、久々に再会したイルミはいきなりイヤな質問を投げつけてきた。 「……三千ジェニーくらい?」 「ゼロが足りないんだよ、四つも」 なんか恐ろしいことを言っているが当然払えるわけがない。私はなるほどねと適当に相槌を打ち、エントランスの意匠などをじっくりと眺めてしらばっくれた。正面玄関付近は見るからに上流階級の人々の出入りで混雑している。少々浮いてる気がするものの、誰も私たちには視線すら送らない。 「ちなみにあの精孔開けた件はどれくらい悪いと思ってるの、イルミ」 「五百ジェニーくらい?」 「敬意が足りてないんだよ、そっちは!」 「だからあと六回は開けないと割に合わないんだよね」 半ば冗談とも思えないトーンで言い放つと、イルミはガラス張りのエントランスへ向かってすたすた歩き出した。挙句、五百ジェニーってホットドッグの切れ端くらいなら買えるの?とかわけのわからないことを言っている。出ねーよ!ホットドッグに切れ端なんか。 イルミに半歩遅れて足を踏み入れると、高い吹き抜けの天井は無数の照明で照らされて、アトリウムは黄金に輝いていた。立ち並ぶハイブランドショップの向こうに、ホテルのフロント直通のエレベータが見える。大理石の通路を堂々と突っ切るイルミは、真っすぐ前だけ見て歩きながら低く声を落とした。 「オレたちが入って三十分間。全館の監視カメラ映像が削除されるよう手配してあるから」 「さすがプロ」 「の顔に針を刺していいんなら必要なかったのになあ」 通路の突き当たりで上階行きのボタンを押すと、イルミは五角形か六角形か悩んでたのにとのたまった。今この男しか頼る相手がいないなんて。己の人生を省みていると、見上げた壁面にクラシックなランプが3、2、1……と順に点灯する。ベルの音が到着を報せると同時にGのランプが灯り、格子の扉が金属音を立てながら横に滑った。「フロントで乗り換えて二十八階、一番奥の部屋」イルミの声に頷くと、琥珀色の密室が私たちを乗せて動き出した。 カチッという音が聴こえて、壁に目をやる。アンティークの掛け時計が16時を刻んでいた。9月2日。ヒソカと別れてから4時間程度しか経っていない。注意散漫に気づかれたのか、向こうの部屋から「」と釘を刺すようにイルミが声を投げる。 「明日の地下競売、どうやって潰すつもりだったわけ?」 「……なんか物理的な力によって」 「バカなの?」 ぐぬぬ。返す言葉もなく引き下がると、イルミは窓際のレターデスクに座って脚を組み、事切れたターゲットを冷たく見下ろした。 「ま、オレは別仕事の都合上明日の競売を潰すわけにいかないし。この手が現実的なんじゃない?よかったね、こいつがたまたまオレの標的で」 私は男の荷物の中にあったリストをぱらぱらと捲った。このブローカーが持ち込んだのは緋の眼を含めた十一点。これら全てに真贋の疑義をでっち上げ、コミュニティにリークして出品をロックさせる。クラピカと旅団の邂逅を妨げるための苦肉の策だった。これだけの点数があれば反証を精査している内に今年のオークションが終わってしまう。そしてコミュニティは、明るみに出る可能性がある限り、疑義のある品を決してそのまま捌けない。時間稼ぎだしどれくらいうまくいくかわからないけど。 必要な資料をいくつか拝借し、足早に部屋を出た。廊下に敷かれた厚い絨毯の上を、ホールへ向かって歩く。 「まさか本当に半分偽物が紛れてるとはね。鑑定士買収の証拠もすぐ吐いたし」 「うん、だいぶでっち上げの手間省けたけど……イルミの方の依頼人はいいって言ってるの?こんなこと予定になかったでしょ」 「間接的に利益になるから問題ないってさ」 館内はやけに静かだ。フロアあたりの部屋数が少ないせいか誰とも出会うことはなかった。エレベータの前に並んで、金属製の下階行きボタンを押す。7、8、9……。光る数字をただ目で追う時間。イルミがふいに零した。 「ところで何のためにするわけ、こんなこと」 「顧客の事情は詮索しないでよ」 「金を払わないやつは客じゃないし」 ぐぬぬ。また返す言葉もない。肝心な質問の方を無視していると、イルミは私の方を見た。 「――誰のため?」 ……。19、20。ランプの点灯はそこで一度停まる。 「自分のためにこんな大それたリスク取らないだろ。は」 「そんなことは……」 ないとは言えなかった。リスクを負わされることは山ほどあったけど。かつてはイルミを筆頭に。少なくとも自分のために危険を冒してオークションをめちゃくちゃにしようなんて思うはずがない。そんなやつ狂人すぎるだろ。停まっていた数字が再び動き出し、軽いベルの音と共に真鍮の扉が開いた。 「…………パン屋?」 イルミが呟いたのは、ちょうど扉が閉まったのと同じタイミングだった。 「なにそれ?」 「……さぁね」 グラウンドフロアのボタンを押すと間もなく下へと動き出す。突拍子のない発言に虚をつかれてイルミの顔を窺ったがいつも通りの無表情で、それ以上の言葉は何も出てこなかった。答えを伏せたのは私も同じか。このビルへ入ってまだ二十分。イルミと組んでまともな風体で帰ってこれたというだけで奇跡に近い。 「助かったよ。精孔の件これでチャラね」 「なんでオレなわけ。忙しいんだけど」 「だってこんなことイルミにしか頼めないし」 「ふーん……」 しばらくの沈黙ののち、イルミは「哀れだね」と結んだ。ほっとけ! 共犯20260313 |