どうにもなんねぇ
 助けてフィンクスー!廊下からうるせぇ物音が聞こえたが、とにかく腹が減っていたので無視した。こっちは仕事終わりなんだよ。
 通された議会奥の小部屋にはボロいソファとテーブルがあった。一丁前に応接室なんぞ作ってるらしい。誰が来るってんだ。
「チ、逃げ足だけは早いね」
 開いたままの扉からフェイタンが入ってきた。鬼ごっこ負けたのか、と茶化すとでかい舌打ちが飛んでくる。機嫌は悪くなさそうだ。
「で、長老は」
「お前が追いかけてる間に出てった。よくやっただとよ」
「相変わらずね」
 流星街には別件で帰るはずだった。それを聞きつけた長老どもが道中ゴミ掃除を押し付けやがって、団長の口添えで行き掛けの駄賃に引き受けたが、あんなに数が多いとは聞いてねえ。一言労えばいいと思ってやがる。人遣いの荒いジジイ連中だ。
「お仕事、おつかれさま」
 目をやるとが廊下からこっちを覗いていた。フェイタンを警戒してるのか近づいてはこない。おう、と片手で応じてやる。
「いつまでいるの?」
「さあな…三日くらいじゃねえか、多分」
「ゆっくりできるんだ」
「だからワタシが仕事の話聞かせてやる言てるね」
「それはいいってば!」
 フェイタンが動く素振りをみせた途端、は飛び上がってどっかへ走っていった。確かに逃げ足だけは早えな。昔から口を開けば自分も連れてけとねだって、その度団長に定員オーバーだとあしらわれていた。やっと纏を覚えたらしいが、欠員が出たとしてあれじゃ声は掛からねえだろう。向いてねえ。血とか内臓とか拷問とか、アイツはその辺がてんで駄目だ。
 フェイタンは拷問の最中にみせるより悪魔みてえな顔して笑っている。こええ奴。
「今度は何吹き込んでんだ」
「さきのゴミ掃除の話ね。中には骨のある能力者いたからな」
 コイツも毎度追いかけ回して、よく飽きねえな。なんも言わずにに同情していると、表でガキの騒ぐ声がした。ゴミ山の上で人影がいくつか、ゴミ取り合ってはしゃいでいる。
 それから数分と経たないうちに、バアさんがふらつきながら盆を運んできた。素っ気のねえ飯が湯気を立てている。今回の駄賃だ。フェイタンはこっちに目もくれずに窓の傍に立って外のガキを眺めていた。
「………なあフェイ」
「何ね」
「流星街ってよ、野良猫がうじゃうじゃいんだろ」
「ハ?」
「物陰から人間の食いもん狙っててすげぇ憎たらしいけどよ。時々捕まえたきたねえ鼠とかモグラとかくわえて見せに来んだよな。あれはなんなんだ?自慢してんのか?」
「ワタシが知るわけないね。何の話か?」
「思い出したんだよ、急に」
「野良猫を?」
 フェイタンは怪訝そうにしていたが、それからしばらく黙って、ぼそっと呟いた。
「お前が鼠食て喜ぶと思てるね」
「………ほー。嬉しかねぇけど」
「ま、あれはそういう生き物ね。仕方ないよ」
 そう言うとフェイタンは指先に引っかかった何かをぐるぐる回した。糸みてえな細い鎖に繋がれた青い石が太陽の光を反射する。俺の視線に気づいたのか、フェイタンがさきの仕事で死体から剥いできた、と悪いツラして口角を上げる。
「アイツにやんのか、それ」
「……。ついでに持ち主がどんな死に方したか聞かせてやるね」
 そりゃお前、……マジか。好きにすりゃいいけどよ。
 シズクあたりはズケズケいけるんだろうが、俺はそれ以上何も思い浮かばねえから飯に集中することにした。フェイタンはここで出された飯はあまり食いたがらない。しばらく流星街を離れると、ゴミの中じゃ食う気が失せるらしい。俺は実のところ未だに好きだけどな。見た目も味も粗末で、腹を満たすためだけのくさい飯、この先どこへ行こうが、多分。
 フェイタンはガキの喧嘩を眺めて笑ってる。外は暑そうだ。雲一つねえ。あの頃から何もかも終わってる街だが、空だけは広いままだ。俺含めてなんつーか、いつまで経ってもこれかよって思うよな。帰ってくると。
 まあ良くも悪くもって感じだが、仕方ねえ、そういう生き物なんだ。