着信仮宿では一掬の音さえよく響く。冷たい電子音が首尾を報せたのは作戦開始から15分後だった。寥々として他に気配のない暗闇で、蝋燭の炎だけが揺れている。 「品物がない?」 リーダーの返事に、仮宿へ残った数名の団員間に俄かに緊張が走る。報告は滔々と続いている。彼が特別の注意を払わなくとも電話の向こうの声は聞き取ることができた。まるで襲撃がしらされていたかのように、競売品があらかじめ別の場所へ移されていたと。穏やかでない報せを受けながらもリーダーは時折缶ビールを煽りながら、団員の離反を疑うウボォーギンにそんな奴はいないと諭し、次の手を指示している。裏切り者を探すとなれば真っ先に謗られるだろう彼には、余計な火の粉を回避したといえた。事実リーダーの読みは当たっている。 だとしても、彼にはどうだっていいのである。 競売品の行方も、事の成否も。むしろ首尾よく運ばない方が好都合ですらある。 どうだっていい。望むのはただ――…… 「追手相手に適当に暴れてやれよ。そうすれば陰獣の方から姿を現すさ」 『ああ。――ねえそういえば団長、』 電話口に突然別の声が割り込んだ。 『がいたよ、会場に』 ハァ?!と背後で突然声を上げたのはフィンクスだった。 『あ、今のフィンクス?あたしもびっくりしたよー。声かけたけど行っちゃった』 「あいつまた雇い主吹っ飛んでんのか、ハハ、世話ねえな」 『間が悪い奴ね』 『シズクいきなり身乗り出すんじゃねーよ、狭えって』 堰を切ったように通話の向こうで他の団員達が喋り出すが、彼はリーダーだけを注視していた。目線は変わらず一定で、瞳の奥の冷えた熱も、表情さえも先ほどまでと寸分違わぬ平静を保っている。続く団員の会話にも報告の延長であるように淡々と耳を傾け、最後に彼らのリーダーは――クロロは、 「……そうか」 とだけ短く告げた。 (―――……) 「知り合いでもいたみたいだね♠」 軽い調子で話しかけた彼に、フィンクスはにべもなく「お前には関係ねえ話だ」と返す。 「つれないなァ、新顔って知らない話題が多くて淋しいものなんだよ♦」 「やめろ気色わりィ!」 事実彼には、ヒソカには関係のないことだった。そして恐らく露ほどの興味もなかっただろう。もしさっきクロロの指先だけが微かに動いた瞬間を……言葉にも、息遣いにも滲まない"何か"を見逃していたならば。 腹の底の方で燻り始めた予感に薄い笑みが込み上げる。指を掛けるべきカードだろうか?どうだっていい。望むのはただ、美しく崩れる瞬間だけだ。それ以外のすべては、そのために積み上げられた過程にすぎない。 20241218 |