密談「ボクと組まないか?」 空高く昇った月の明かりがガラスのない窓から差し込み、暗闇に対峙する二人の輪郭を映し出した。郊外の廃ホテルの一室で、乾いた空気が俄かに張り詰める。 「さあどうする、キミ次第だ♦ ボクと組むか♥ 一人でやるか♠」 そのときクラピカの携帯が着信を報せ、短い沈黙を断った。取るように促すと、受話口の向こうで矢継ぎ早に彼の仲間が言い立てる。“旅団の11番が逃げた”。団員がコミュニティの人間に扮して、拘束されたウボォーギンの元へ現れたらしい。密会が終わる合図だった。通話を終えたクラピカは緋の眼の行方について一つだけヒソカに質問し、明日の返答を約す。 薄い笑みを以って首肯しながら、ヒソカは約束が果たされるかについては懐疑的だった。ウボォーギンの性格上、矜持に障った鎖の使い手に必ずリベンジを遂げようとするはずだ。恐らくクラピカも迎え撃つ。衝突の結果がどうあれ―― (……ボクの誘いを応諾するかは五分だな♦) 次にヒソカの口をついて出た言葉は、策略というにはほど遠く、ほんの出来心に等しい。ただ、団長と戦う、そのために持てるだけの小さな布石を気まぐれに打っただけだ。 「会場にいたキミの同僚、気の毒だったね♠」 踵を返そうとしたクラピカが静止し、顔を上げる。感情を窺わせない瞳が真っ直ぐにヒソカを捉えた。 「ファミリーの誰かが競売に参加していたんだろう?」 「――ああ。客は殺したと……捕らえた大男から聞いた」 「そうか♠ ボクは居残り組だったが、“全員残らず”という手筈だった♣ そんな中“旅団との戦闘を回避して無事に”逃げ遂せるのは――」 手元のカードを無作為に弄ぶ。その実ヒソカの視線は注意深く相手の表情の変化を探っていた。 「残念ながら不可能だ……順当に考えれば♦」 クラピカは場を離れるその時まで、硬く口を引き結んだままだった。彼の性格上、交わすまでもない内容の会話に違和感を抱いているはずだ。だが、“いるはずのない生存者”の存在まで把握しているかは確かではなかった。内通者の疑いが避けられない状況下で、という人物がわざわざコミュニティに生存を名乗り出るとは考えにくい。まして旅団と旧知なら、自分も襲撃で死んだことにして姿を眩ませていると考えるのが自然だ。 それでも、伏せておいたカードがどこかで盤面を狂わせるとしたら―― 「ハンターライセンスって便利だね♥」 応える者のない静寂で、掌中の携帯電話が強く光を放つ。 地下競売の元締お抱えの修復士と入れ替わりで、急遽雇用されたハンター。名前とわずかな情報で労せず行き当たった尋ね人は、記憶にある女の貌形をしていた。老いも若きも男も女も、器を推し測れてしまう者の大抵は行き過ぎれば煙のように彼の中から消えてしまうが、ハンターサイトで顔写真を見た瞬間、ヒソカの胸中にはこの女と一席を共にした喫茶店の微かな残り香が去来した。 今度は逃さない。あの女越しに視た、その奥の獲物を引き摺り出すまで。 「久し振りにお茶でもしようか、♦」 20250130 |